カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

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千勝堂本店

メンチドッグ
アンパン
+コーヒー

先ほどの地震

久しぶりの震度4(土浦)!最大5弱。
しかも茨城県南部が震源でしたので、書斎の本棚から本の一部がバラバラと落下してました。
幸い食器棚などは即抑えたのでまったく被害はありませんでした。

3.11のときは震度6弱!
震度4は何度も経験してますが、直下型でいきなり来るとやはりびっくりします。
揺れのピークで携帯のけたたましい警報音が!
直下型ではまったく役立たずでした

隣りまちのつくば市では、丁度「G7科学技術大臣会合」が開催中です。
参加された方々はさぞかし驚かれたでしょう。
海外メディアがどう発信したか楽しみっでもありますね。

61歳の誕生日の誓い

ぼくはこれからも先ほど成立した「安全保障関連法制」の廃止に向け、活動を続けます。

今回の法案出したアベ政権ならびに賛成した国会議員ならびに賛意の意見書等を出した地方議会議員たちすべてを決して許しません。

SEALDsなど全国各地の運動に連帯し、機会あるごとに彼らを落選させることに協力していきます。

以下は長年NGO活動を通して知り合った仲間たち有志が、廃案を目指して立ち上げた’NGO非戦ネット’の抗議声明を転載しておくものです。
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NGO非戦ネット 安全保障関連法制採決に対する抗議声明

我々、NGO非戦ネットは国際協力活動、国際交流活動に携わる団体として、この度行われた安全保障関連法制の採決に対して抗議します。

NGO非戦ネットは国内NGO74団体、NGO職員ら547人が賛同しているNGOのネットワークです。今年7月に安全保障関連法制に異議を唱えるNGO関係者が呼びかけ人となり発足しました。今年9月10日には国内外約360団体が署名する「安保法制に対する国際共同声明」を発表し、安保法制の廃案を求めました。

私たちNGOは、政府から独立し、紛争地での人道支援や、紛争の原因となる貧困や、差別、人権問題などに取り組んできました。法案が成立すれば、アメリカをはじめ他国が安全保障関連法制どのような戦争にも政府の判断次第で参加が可能になり、イラク戦争のような侵略戦争にさえ、軍事的手段を持って加担することになりえます。

また、NGOに対し、「駆けつけ警護」と称して武器を使用し武装勢力と交戦する事態となれば、NGOの中立性までが疑われ、取り返しのつかない犠牲を生み出すことを私たち訴え法案に反対してきました。

しかしながら、結論ありきで審議を進め、強硬採決に及んだ政府の行為はとうてい容認されるものではありません。

私たち国際協力NGOは、第二次世界大戦の反省にたって獲得した日本国憲法が、全世界の人々の平和的生存権を非軍事的な手段によって達成すると宣言したことに誇りをもち、その精神に守られて活動してきました。こうした日本の武力によらない姿勢に基づく地道な活動は、国際社会、特に世界各地の市民社会から高く評価され、現実に平和を生み出す役割も果たしてきました。政府は多くの国民の意思や世界各地の市民社会からの要請に反し、世界に向けて誓約した「不戦の誓い」を破ったのです。

安保関連法案は平和主義国家としての日本のイメージを一変させ、紛争に対する中立国としての「日本ブランド」はもはや通用しなくなります。 こうしたなか、NGOの活動環境は著しく危険なものに変わることは明らかであり、NGO職員や現地協力者が紛争当事者から攻撃され、「テロ」の標的となる危険性は格段に高まります。

私たちNGO非戦ネットは、憲法に反する安保法案に、強い意志をもって反対します。そして、今後も諦めることなく、思いを同じくする日本と世界の各界、各層と連帯し、安全保障関連法の見直し、廃止、運用停止に向けて活動を続けることを宣言します。

2015年9月18日

NGO非戦ネット呼びかけ人一同

声明はこちらからダウンロードできます

<NGO非戦ネット呼びかけ人>

秋山眞兄(NPO法人APLA共同代表)

市川斉(公益社団法人シャンティ国際ボランティア会常務理事)

伊藤和子(NPO法人ヒューマンライツ・ナウ事務局長)

今田克司(一般財団法人CSOネットワーク代表理事)

岩附由香(NPO法人ACE代表)

内田聖子(NPO法人アジア大平洋資料センター事務局長・理事)

大橋正明(NPO法人シャプラニール=市民による海外協力の会評議員、NPO法人CWSJapan理事、NPO法人国際協力NGOセンター理事、NPO法人ヒューマンライツ・ナウ理事、NPO法人アーユス仏教国際協力ネットワーク理事)

小山内美江子(JHP・学校をつくる会代表理事/脚本家)

小俣典之(NPO法人横浜NGO連絡会)

甲斐田万智子(NPO法人国際子ども権利センター代表理事)

鎌田實(NPO法人日本チェルノブイリ連帯基金理事長、NPO法人日本イラク医療支援ネットワーク代表)

神田浩史(NPO法人AMネット理事)

熊岡路矢(カンボジア市民フォーラム共同代表世話人)

小泉雅弘(北海道NGOネットワーク協議会理事、NPO法人さっぽろ自由学校「遊」事務局・理事)

小松豊明(NPO法人シャプラニール=市民による海外協力の会事務局長)

佐藤聡(NPO法人DPI日本会議事務局長)

佐藤真紀(NPO法人日本イラク医療支援ネットワーク事務局長)

茂田真澄(NPO法人アーユス仏教国際協力ネットワーク理事長)

志葉玲(イラク戦争の検証を求めるネットワーク事務局長)

島田茂(公益財団法人日本YMCA同盟総主事)

清水俊弘(NPO法人地雷廃絶日本キャンペーン理事)

下澤嶽(ジュマ・ネット共同代表)

清家弘久(NPO法人関西NGO協議会代表理事)

高橋清貴(ODA改革ネットワーク世話人)

高橋良輔(NPO法人NGO福岡ネットワーク副代表)

田坂興亜(学校法人アジア学院理事)

谷山博史(NPO法人日本国際ボランティアセンター代表理事)

田中優(未来バンク事業組合理事長)

中村絵乃(NPO法人開発教育協会事務局長)

西井和裕(NPO法人名古屋NGOセンター理事長)

野平晋作(ピースボート共同代表)

早瀬昇(NPO法人日本NPOセンター代表理事)

畑野研太郞(公益社団法人日本キリスト教海外医療協力会会長)

原由利子(反差別国際運動事務局長)

飛田雄一(公益財団法人神戸学生青年センター館長)

藤井あや子(NPO法人WE21ジャパン代表理事)

本田徹(NPO法人シェア=国際保健協力市民の会代表理事)

俣野尚子(公益財団法人日本YWCA会長)

丸谷士都子(NPO法人地球の木理事長)

村井雅清(被災地NGO協働センター顧問)

満田夏花(NPO法人FoE Japan 理事)

レシャード・カレッド(NPO法人カレーズの会理事長)

渡辺美奈(アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」事務局長)

和田信明(NPO法人ムラのミライ海外事業統括)

きょうは沖縄慰霊の日。

Okinawasennniikite

調布時代、市民活動をともにした友人・山本豊さんのお父さん・山本義中さんが書かれた本『沖縄戦に生きてー一歩兵小隊長の手記ー』(87.10.20、ぎょうせい刊)。
庭先から執筆中の山本さんにご挨拶した時のお姿は記憶に残っている。
ぼくの父は悪名高き「治安維持法」が制定施行された1925年生まれですが、山本さんのお父さんは4歳上。
父は海軍兵として南方に送られ、敗戦、捕虜生活を経て帰国。帰国後マラリアの療養を経て、連合軍統治下警察・消防が分割された東京消防へ。
大半を救急隊員として人命救急にあたった。
山本さんのお父さんは、陸軍兵として中国へ、そして、昭和19年には沖縄に転戦され、歩兵小隊長として戦車砲に撃たれて重傷。左手を失われた。
復員は敗戦1年半後。繊維会社の社長をされた後、東京都教育委員会職員として障碍者教育、福祉で尽力されたと豊さんから折々に聴いていた。
愛新覚羅 溥儀さんの弟・溥傑さんとも長らく親交があったと聞いている。
生涯を通して慰霊の旅も続けられた方だった。
調布駅前真光書店員時代、店先でよくお見かけした、ゲゲゲの水木しげるさんとは同じ町内。戦地で片手を無くしたもの同士、いろいろ話したと聞く。

豊さんからいただいたお父さんの著書には、書評欄で取り上げられた1988.1.11の切り抜きを挟んでおいてあった。
鶴見俊輔さんが評された記事だ。
(以下抜粋)
 ’大きな戦争の中で歩兵小隊長の視野は限られている。~~当時の記憶とその後刊行された資料のうらづけにもとづくこの記録は、これまでの私の読んだ戦記の中で、きわだった作品である。~~小隊長の眼の高さからは、部下のひとりひとりがその人柄とともにおぼえられる。戦死は、ひとりひとりの生命の終わりとして心にきざみこまれる。そこが、司令官や参謀の戦記とのちがいだろう。しかも配属された現地の女学生について、こういう人々を負けると決まっている戦闘にまきこんでよいのかといううたがいがはじめからあって、この戦記に奥行きをあたえる。~~
米軍の上陸作戦がはじまって日本軍の敗北を前にした日、山本少尉が中隊本部をたずると、「女学生達五人が雀の子みたいに並んで座っていた。こんな十四、五歳の少女まで戦争に巻き込み、自分の国で戦う事への不安は、私だけではないはずだ。なぜもっと早く、内地や山原(ヤンバル)に疎開させなかったのだ」。
沖縄の作戦指導に何の影響もあたえなかったこの小隊長の思想は、敗北後の放浪の中で彼を救い、敗戦後の彼の日常を支える。’

いままた、憲法無視の嘘つき安倍自公政権によって、日本が危ない道を歩む瀬戸際に立たされている。
先人の犠牲の上に、長らく平和な時代を生きてこられたぼくたちは、いまを生きる非戦平和を希求する人たちとともに、未来の人たちに対して、より平和な時代を引き継いで行かねばと考える。

常陽新聞[ペンでつながる心のタスキ]

昨日の常陽新聞コラムに依頼された原稿が掲載されましたのでこちらにも転載!

[ペンでつながる心のタスキ]

大脇正昭さん 市民参画で「まちを耕す」
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2015年04月27日16時00分
ひと 土浦

 7年前、33年ぶりに土浦に戻り、まず一会社人と別に一社会人として参画した活動が、「誰もが、いつでも、どこへでも、一人でも出かけられる〝まち〟づくり」を目指す「土浦バリアフリーネット」でした。

 土浦市は住民提案による「バリアフリー基本構想」を策定した全国初の自治体です。提案主体は「土浦バリアフリーネット」の当事者たちです。これは誇っていいことです。

 東京暮らしの間は、地域社会で障がいの有無を問わず、ともに暮らしていける〝場〟や〝しくみ〟を作っていこうと、仲間たちと創設した地域福祉NPO「調布を耕す会」のスタッフ、また一市民として活動していました。

 土浦でも障がい当事者の方たちと出会い、活動を共にできてうれしいです。会は、基本構想策定後も市の担当部局と定期的に話し合い、協働しながら、まちのバリアフリー化に取り組んでいます。

 いま土浦市は駅周辺の再開発など、まちが大きく動き始めました。まちづくりの主人公は市民一人一人です。計画初期だけではなく、事後も、情報公開・共有のもと、参画・協働しながら、楽しくまちを耕していけたらいいなと思っています。
(土浦市、土浦バリアフリーネット会計監査)

なんと雪交じりの雨

桜が散り始めたというのに、市内の市境の峠では雪が積もったようだ。
まいった、まいった。

大島に昇る朝陽と梅も桜も

朝日の出前に起きて、屋上へ行きましたが、角度的に無理そうで諦めかけましたが、もしかしたらと思い自室にもどるとなんとベランダから大島の中あたりから日の出を見ることができました。

Photo

熱川から熱海へ1時間ほどで移動。風は冷たく強かったですが、熱海の梅園は大勢の人。ちょうど見ごろで楽しめました。水戸偕楽園のように平地ではなく谷あいに開かれた梅園で、小規模でしたが起伏をうまく使った中に、美術館や中山晋平記念館(旧別荘跡)などが配置され、露店も適度にあってのんびり楽しめました。

まち中に戻る途中、まち中を流れる小川の両岸の八重桜?が満開で賑わってました。
途中下車しませんでしたので次の機会に!

伊豆は暖かで、海の幸も豊かで温泉もあって、しかも東京に近く、とてもいいところだと思います。

また機会をつくって行きたいと思います。


今日から伊豆一泊旅行

伊豆熱川駅から徒歩で行ける熱川プリンスホテルへの一泊温泉旅行。
連れ合いが2年間、先月下旬の国試受験に向け頑張ったので、「頑張ったね!!!温泉旅行」!!

東京駅からニュー踊り子号で伊豆熱川に来ました。
熱川といえば、子どものころ観ていたTVドラマ「細腕繁盛記」の舞台。
バナナワニ園でも有名ですが、それは置いといて、のんびり湯に浸かります。

’プリンスホテル’とはいえ西武系列のビッグなプリンスではなく、地元発の54年になるホテル。
温州みかん畑だったところをホテルに、地元ホテルのプリンス的存在となるようにと命名したらしいです。

美味しい料理と温泉。得点で貸切半露天風呂「月明かり」檜風呂も楽しめました。
明朝は6:32の日の出を見る予定です。

諸準備

明日明後日は伊豆熱川へ一泊旅行。
連れ合いの国試も終わり、2年間「頑張ったね!!!温泉旅行」!
さらに週末はやはり一泊で東京でのもろもろイベント参加。

今日はゆっくり休んで、準備!

きょうはのんびり!

自分のための休日!!!(^^)!

朝は近所のコメダ珈琲店でたっぷりカフェオレ・モーニング&読書。
連れ合いはティー・モーニング&読書。

後は銀行に寄ってから、近くのSCで昼を調達し、帰宅。
の~~んびり過ごした休日でした。(^J^)

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