« 連れは整体に | トップページ | 土浦駅前北地区第一種市街地再開発事業の実施設計説明会 »

調布を耕す会創設記念日

1992年1月の今日、障碍児・者への仕事やボランタリーな活動をしていた仲間たちとその親たちで、養護学校高等部卒後の仕事の場、居場所づくり、将来は親亡き後も調布で暮らし続けられるようにしていくしくみづくりを目指して、地域福祉NPO「調布を耕す会」を創設した。
その最初の運営委員会があった。

ぼくは本体組織づくりをしていくために、事務局長を引き受けた。
もちろんまだ、任意団体のボランタリーな立場だった。
最初の事業として93年度から障碍者通所作業所事業を始めるための準備に、言いだしっぺで最初の職員となった亀田夫妻を中心に取りかかった。
翌94年度から企画創業した移動サービス事業の運行管理者を兼ねて、ぼくも正職員として、以来、オーバーワークやストレス、遠距離介護が加わり、身体を壊して2001年3月に退職するまで耕す会専従となった。

法人化への基礎づくりをし、2次の市民債権発行での借金も完済して退職したので、辞めた数年後には念願の社会福祉法人として現在に至っている。

その間も、まちづくり市民活動などや調布市の行政委員や一市民として地域福祉計画や都市計画マスタープラン、地域情報化計画などの計画策定に関わったり、国の特定非営利活動促進法(NPO法)制定・改訂にも参加できた。

ぼくは調布から離れざるを得なかったが、1年余りのんびりと療養の後、幸い人に恵まれて、NPO法人パブリックリソースセンター(現 パブリックリソース財団)からオファーがあり、無理のない週三日ほどの非常勤パートとして働くことができた。
その関連で任意団体でスタートした「自治創造コンソーシアム」のNPO法人化業務を担当し、スライドして法人初年度の一人事務局スタッフを担当した年明けに、長野県NPOセンター理事長の友人からオファーがあり、30年暮らした調布市を離れて、長野市に赴任。
先のセンター受託第2期3年間、建て直しに従事できた。はじめて関東エリアを離れて、両親の出身地である信州で暮らした。
任期を終え、老々介護の両親のこともあり2,008年5月に33年ぶりに故郷に帰り、親友の会社でサラリーマン生活をしながら、まちのバリアフリーに取り組む「土浦バリアフリーネット」や一昨年提案し、昨年1月から始めた土浦の魅力を発信するFBページ「つちうら情報ステーション」などの市民活動にいまは取り組んでいる。

長野赴任で人生のパートナーに出会えた。

大げさだがいまのところわが人生に悔いなしといえるだろう!

« 連れは整体に | トップページ | 土浦駅前北地区第一種市街地再開発事業の実施設計説明会 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/1801/61114502

この記事へのトラックバック一覧です: 調布を耕す会創設記念日:

« 連れは整体に | トップページ | 土浦駅前北地区第一種市街地再開発事業の実施設計説明会 »