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3つの終焉

今日は私が企画して起業していた事業、活動などの最後に付き合ってきた。
一つ目は、仲間たちと92年1月に起業した地域福祉NPO「調布を耕す会」で私が担当し起業した移動サービス事業でフル回転していた日産のリフト付き福祉車両キャラバンの廃車。
実は93年4月最初の福祉作業所を開設した時に、24時間テレビチャリティ員会から寄贈された車両だ。
ちょうど20年になる。
実は昼食を取りに第2作業所カフェ大好きに寄った。そのとき明日廃車になると聞いたので、第一作業所「しごと場大好き」は休業日だったが、駐車してある大好き号を見に行った。
2001年3月身体を壊して、事業を打ち切り、耕す会も辞めるまで、この車を使って移動困難な障碍のある方や高齢者の外出支援をして、地球2周余ばかり8万キロ以上を運転した車だった。
距離メーターは161186.7Kmだった。ぼくが辞めた後、作業所メンバーの送迎などで7万キロ超走ったことになる。
20年間ご苦労さん。
後継は日本財団寄贈の車だった。

2つ目は、86年3月23日にオープンした障碍のある市民が運営する「日曜喫茶 夢喰馬喰(ばくばく)」。
障碍のある人もない人も自由に集まれるふれあいの場として毎月一回福祉センターや公民館などで無農薬栽培コーヒーを用いたコーヒーなどを提供していた。
準備段階で行政への申請などを手伝ったり、会場がボランティア活動室に固定してから、応援の意味も込めて、私が主宰していた障碍者ITコミュニケーションサポート活動’Communication Port’(コムポート)(いわゆるパソコンボランティア)の月例会を喫茶開店に合わせて開催していた。
美味しいドリップコーヒーなどが1杯目200円、お代わり100円で飲めるので、こちらのメンバーも助かった。
急逝したメンバーたちのこともあり、言い出しっぺの30年以上の付き合いになる友人だけとなり、コムポートのメンバーも準備片づけなど手伝ってはいたが、今日で活動を止めることになり、きょうで27年ほどの活動を打ち切った。

3つ目は、私が企画し、主宰していた障碍者ITコミュニケーションサポート活動’Communication Port’(コムポート)。
私が調布を離れた後も、仲間たちがメーリングリストでのサポートや月例会でのリアルサポートなどの活動を続けてくれていた。
その活動も先の活動の打ち切りを受けて、今後はサポートメンバーが個別に対応は続けるが、今日で定例会を打ち切り、メーリングリストも明日で完了することになった。
今後はサポートメンバーが個別に対応は続けるが前段階の取り組みを含めると18年ほどになる活動に幕を下ろした。

はじめは調布を耕す会で地域に開いた市民参加型事業として私が企画・担当し、95・6年から始めたものだった。
99年度から1年半ほど、視覚障碍者が調布の公報をパソコンの音声読み上げソフトで読めるように、調布市広報担当に提案、データを提供してもらってメンバーで手分けして、タテ組版で音声読み上げソフトで読みにくいところや地名など固有名詞をかなに開くなどして、要望のある視覚障害のある人たちにメール配信した。
行政公報をこうしたスクリーンリーダーで読めるようにほぼ全面加工してメール配信した、当時、全国3千余の自治体で初めてではなかったかと思う。
しかも、実証実験を終えて、ボランティアグループから本来の責任主体である行政担当課に逆移管できた。
調布市は今でも配信を続けてくれていた。

コムポートに参加されていた中途視覚障碍者のひょっとしたつぶやきを受け止め、サポートメンバーが担当課の協力も得て協働して、形にした取り組みだった。


もともと友人が責任者をしていた調布市図書館ハンディキャップサービス担当部署は歴史があり、毎号点字版広報を出していたし、続いて広報担当は朗読市報(要約版)を出していた。
視覚障碍者向け情報バリアフリーの第3のメディアになった。
これは視覚障碍さhだけではなく、日本語の読み書きに難のある在住外国人などにも使えるメディアだと思っている。

いまでこそ各地の自治体がPDF版広報を公式サイトにアップしているが、当時のPDFはいま以上にバリアフルだったので使えなかった。
いまでもPDF版では高齢者等にはいいかもしれないが、スクリーンリーダーを使う視覚障碍者にとっては様々なバリアーがあるかと思う。

1997年夏、PDF作成ソフト・マクロメディア・アクロバットver3(現在のアドビ・アクロバット)から日本語版が発売された。
97年年初め、DTP雑誌で日本語版発売が予告されたとき、日本の紙メディアや事務シーンを大きく変えると直感した私は、発売を待って、自費ですぐ購入し、参画していた「調布市都市計画マスタープラン」のPDF版を作って市に提供した。調布市で初めての電子版計画書になった。(当時担当課以外、行政で認知はされなかったので行政の公式サイトでは公開されなかったが、計画策定に関わった市民でNPO法人化した調布まちづくりの会のサイトでアーカイブされている。
先の視点からすればバリアフルではあるが・・・。

それから訪問サポートには多少の実費をいただいていたが、それもまちづくりの会から独立して始めたちょうふ地域通貨「さ~ら」での支払いを可能にして、障害基礎年金や生活保護で暮らしているメンバーの負担を軽くするようにもした。


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